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民族文化体験

さまざまな民族と固有の伝統文化がそのまま溶け合って温存されているネパール。民族文化の代表格が、盆地の先住民・ネワール族(Newari)のものでしょう。王政統治のはるか昔から盆地内で暮らしてきたネワールにはそれぞれの暮らす町に古くから伝わる伝承文化があり、そこに王族の絢爛豪華な文明が加わって、極めて興味深く幅広い独自の民族文化を形成しています。

カトマンズ盆地は、ネパールがまだ王国公国乱立していた昔から、その温暖な気候や肥沃な田畑、当時は衛生管理のしやすかった土地を狙って、王公諸族が目をつけていた場所でした。いくつかの王朝がここで成立し、統治の間にさまざまな民族を呼び寄せ王朝文化を形成したことで、土地そのものが美術館のように発展してきたという経緯があります。

ネパールで各地を旅すると、その土地その土地でさまざまな民族やその文化に触れることになるでしょう。一般的にはカトマンズ周辺では上記のネワール族をベースとして、歴史上さまざまに流れ込んできた民族の文化が融合しており、盆地の外の中部丘陵地帯の町や村では、ブラーミン(Brahmins)、チェトリ(Chettris)の文化を比較的多く見ることになるでしょう。標高が高くなると、丘の上ではタマン族(Tamangs)の文化が見られ、さらに標高が上がるとシェルパ族(Sherpas)の文化圏になります。太古にネパールを統べていたとされるキラーティ(Kirants)は東部丘陵地帯に多くみられます。中部丘陵から山岳地帯にかけては、グルン(Gurungs)、マガル(Magars)等の文化も混在しています。

宗教的にはヒンズー、仏教、キリスト教、イスラム教等が混在していますが、北側の高山方面では比較的仏教徒が多く、文化も仏教・チベット仏教の影響が濃く見られます。

ヒマラヤ高山地帯で世界にその名を知られているのがシェルパ族でしょう。ヒマラヤ開拓時代における彼らの活躍については説明の必要もないでしょうが、ヒラリー卿がエベレスト初登頂を果たした際にも、テンジン・ノルゲイ(Tenzing Norgay)をはじめとした多くのシェルパが登頂実現に尽力しました。彼らシェルパ族はチベット仏教を信仰しており、民族文化もチベットのそれに酷似しています。トレッキング中には、そうした彼らの独自文化に触れながら歩くことになるでしょう。

中部丘陵地帯はグルン、マガル、ライ(Rai)、リンブー(Limbu)、タマン、チェトリ、ブラーミン、ネワール等、数多くの民族が点在・混在して暮らしており、民族文化もそれに沿って広がっています。シャハ王(King Shah)による全国統一までは独立した国を有していた民族もあり、またブラーミン、チェトリは宗教的に孤高の存在でもあり、各民族がそれぞれ自分たちの伝承文化や伝統宗教に高い誇りと強い愛着を持っています。このため、宗教や祭祀儀礼、言語、食、歌舞、衣装、家屋や炊事窯の形態に到るまで、まったく違う表匠を見ることができます。

盆地の先住民族であるネワール族は、生活や宗教儀礼に関する農工文化を幅広く持っています。彼らの食文化には飲酒も肉食も組み込まれており、それらにまつわる儀礼や式典も数多くあります。工芸品は宗教儀礼のために作られたものも多く、彫工、石工、大工、絵師等、ひと通りの宗教的工芸品を見ることができます。ブラーミンやチェトリはヒンズー教の担い手でもあり、カルナリ川沿いに定住していった彼らの村では、ヒンズー文化の影響を色濃く見ることができるでしょう。

あるいはタライ平原へ飛んで、牛車に乗っての村めぐりも新鮮な発見があるでしょう。タライ平原の代表民族がタルー族(Tharu)です。またタライ平原に住む人々をマデシ(Madeshi、タライ平原のひとびと、の意)と総称することがあります。インド文化の影響を色濃く受けているこの土地でも、それぞれの民族が独自の伝統文化や言語等を守りながら、ヒンズー文化も取り入れながら独自の文化を発展させてきました。暑さの厳しい土地の彼らは共通して薄い白い布を使った衣服を身にまとっていますが、炎天下の酷暑の中でも普通に屋外で仕事をしている姿を目にします。

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