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ゴルカ

1769年にネパール全土の全国統一を果たし、南北の大国と戦火を交えながらネパールの独立を保ち続けたシャハ王朝。その屈強な戦士達はグルカ戦争を戦った英領インド軍の目に止まり、以後、グルカ兵として世界にその名を馳せていくことになります。シャハ王朝が統治の拠点としたゴルカ王宮周辺・旧市街には、今も観光地として多くのツーリストが訪れています。またゴルカはマナスル周辺サーキットトレッキングの出発地点ともなっており、その手つかずの昔ながらの村々のトレッキングが、リピーターの間でブームの兆しを見せています。

初代シャハ王・プリスビ・ナラヤンによってそれまでばらばらに林立していた小王国が統一され、一つの国として政治的軍事的に融合された結果、ネパールは南北の両大国の脅威に対して、強じんな対抗兵力集団として機能するようになりました。これが英領インドを支配していた東インド会社にも堂々と対峙し、当時の世界覇者であるイギリスと、独立を保ったまま友好関係を築くことにつながったこと思うと、ゴルカ(王朝)なくしてネパールなし、と言っても過言ではないでしょう。

ゴルカ旧王宮は丘の頂上に建っており、全方位の壮大な眺めを楽しむことができます。眼下には旧市街が広がり、その下に連なる丘の斜面、平野部の向こうにはヒマラヤの眺望がさわやかです。しかし当然ながらこの町の構造は展望が目的ではなく、王族を守るための要塞建設がねらいでした。広く状況を把握しながら指令を出し、攻め上がってくる敵を撃退して町と王宮を守るには、これほど有利な地形構造はなかったのです。ゴルカ王宮の造りは、当時の小国の多くがお手本とした要塞構造でした。

一般にグルカ兵と呼ばれるひとびとはグルン族(Gurung)の民で、2つの世界大戦では英国軍人として見事な活躍を見せたことで名を馳せ、ビクトリア十字勲章まで叙勲されています。その勇猛果敢な性格、英国軍人をして世界最強の歩兵とまでいわしめたひとびとは、しかし、いざ会って話してみると拍子抜けするほど人なつこく、気の合うひとびとです。

この近辺はまた、映画プロデューサーのダイアン・サマーズと映画監督エリック・ヴァリによって「ハニーハンター」として紹介された、俗称「マッドハニー(Mad Honey、食べ過ぎると視聴覚に影響が出るといわれる強いハチミツ)」の採取地域でもあります。

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